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落語の世界を若い方向けに小丸さんが解説です。
落語大喜利・ごろにゃあ問答
若年層や初心の方向けに記事を書いていただきました。

落研体験を通して落語を見つめる小丸さんのエッセー
ハナシをすすめる人・小丸さん
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18.小丸さん、どうもどうも有難うございました。
投稿者/ごろにゃあ管理人...........投稿日/2006/01/01 04:26
 小丸さん、どうもどうも有難うございました。
若い方に限らず、ギクッとされた方、同感された方、多かったんではないでしょうか。
今回で一つのシリーズの終了と解釈させていただきます。
いずれまた、お心が向きましたら別のシリーズとしてご執筆をお願いしたく存知ます。
本当にありがとうございました。

なお、小丸さんのこのシリーズ・1、への読者のみなさまの返信は「落語の楽語」におねがいいたします。


17.最終回
投稿者/小丸...........投稿日/2005/12/28 18:59
  最終回、って勝手に決めちゃっていいのかなぁ、怒らない怒らない。

 最後ですから、辛口のコメントで締めたいと思います。えっ?最後はデザートでしょ、って、ああた、それは食事の話でしょが!

 「2,3分で何かやってください」って突然?依頼されたとき、大方の噺家さんは「いつものネタ」をなさるようですね。
多少なりともかじっている人間からすれば、ああ、あのネタね、ってすぐに分かっちゃいます。それもだれもがやるような、しょうもないネタですから。
ここに私は、甘さ、を感じるんです。
「おれは即興なんかじゃなくて、古典落語を話し込むんだよ!」って反発を食らいそうですね。でも、常に世間の動向に関心を持ち、その場の雰囲気を悟り、新鮮で、シャープで、ウイットが効いて、暖かみがあり、思わず笑ってしまう、そんな芸というか、技というか、それがないと噺家は務まらない、とわたしは思っています。
「そんな機転が効くかい!」って言う人は、常日頃からネタを考えて仕込んでいたらいい、使う機会が来るかも知れないし、来ないかも知れない、それでも、引き出しをいっぱいにしておいて、ただ一回のためにピシャッっと決める。ねっ、いいでしょ?

芸事は華があるかどうか、ですよね。主役が登場すると高座や舞台がパーッと明るくなりますでしょ、宝塚なんてまさしくそうですよね。
「生涯に一度、この高座だけにのために!」使い回しが効く芸であればなおさらのこと、そんな迫力を期待したいと思います。つぎのスケジュールが決まっているから力を抜くんですよ。ウケなかったら失業、ってことにでもなったら、そりゃあ真剣そのものでしょ?
昔の名人と言われた方は、これは私の勝手な想像ですが、明日のことは考えなかったのではないでしょうか。はちゃめちゃで、けっして幸せな結婚なんて出来ない方であり(結婚生活は打算と妥協がつきものでして)、だから一瞬一瞬に勝負を賭けられる、うらやましいような、なりたくないような、でも高座は聴きたい。

アマチュアはものマネから入ります、ですが、工夫のないものマネは、しょせんものマネに過ぎません。
とことん笑いの研究、これはけっこうマジになれるテーマかも知れませんよ。

短い間のご愛読?ありがとうございました。
 
30.RE:最終回
投稿者/寝床義太夫...........投稿日/2005/12/29 01:12
  現在、アマチュア落語家を目指して、、、、特訓中なんです。笑
最近やっと「牛ほめ」覚えました。
 いつの日にか、、、酔書さんの前座をしたいと考えています。
小丸さんのこのコーナー、、とても参考になりました。(^-^)お疲れ様でしたぁ〜♪
 次は、「子ほめ」「出来心」あたりを聴いています。MP3プレイヤーを
買っちゃいました。汗  車の中で聴きます。あはは


16.創作落語
投稿者/小丸...........投稿日/2005/12/14 14:22
 「新作落語」と書くと部長さんやサラリーマンが登場しそうでしょ、雰囲気的にね、だから「創作落語」。
落語は着物が舞台衣装みたいなもんですから、時代劇を演じる方が観ている側にも無理がないと思います。

 黒澤監督の「七人の侍」という映画をご存じですか?中年の方や映画ファンなら知らない人はいないくらいの有名な映画ですよね。時代劇なのに、そこに描かれているのは人間の弱さ、したたかさであり、それまでの時代劇とは全く異質の殺陣(たて)、ハーハーと粗い息づかい、ヒーヒーと情けない悲鳴、画面を覆うリアル感溢れる演出は、驚くほど新鮮でした。

 落語は笑いを演出するわけですが、粗忽者の笑い はもういいでしょう。
「子ほめ」のように、とちる姿を笑う、というのは、正直飽きてません?
それより「オマエはそそっかしいから死んだことに気づいてないんだ」というスケールの大きな笑いに挑戦したらどうでしょう。

わたしが噺家なら、「戦国国盗り物語」なんか演じたいですね。
戦国の武将が次々に登場するんです。「さすが信玄どの、フンドシも赤ですかな」「フン、これだからエロ爺はいかんよ」「ほう、されば謙信殿はどのような?」「フンドシはシロに限る!」「はて、わたくしには白と黄色のブチのようにしか見えませんがな」「それが最近尿漏れで・・・」なんてどうです?
戦国の英雄もかたなしでしょ、こんなの落語だけですよやれるの。
毎年続きを発表するんです、「国盗り物語怒濤編」とか題名をつけて。
ちゃんと歴史を調べて噺をつくる、だから「創作落語」。おっちょこちょいのノブちゃんやヒデちゃんに会いたいなあ。


15.落語をやるなら
投稿者/小丸...........投稿日/2005/12/12 19:29
  ご無沙汰いたしております。仕事にかまけておりましたもので、ついつい書き込みがおろそかになりました。失礼失礼。
 さて、これから噺家を目指そうなどと、大それた考えをお持ちの方もいらっしゃるようですが、おやめなさい。
落語に限らず、芸能は持って生まれ持った才能で決まります。努力や根性でどうにかなる世界ではありません。
声、顔、体型、雰囲気、勘の善し悪し、これらは練習でどうにかなるものではありません。
別に色男がいいと言ってるわけでもなく、透き通る声がいいとも思いません。
「だったらオレにピッタリじゃねえか!」と返せた人、あなたのセンスなら大丈夫かも。
「なにいってやがる!わかったような口きいて」とむかついた人、あなたは望み薄です。
芸能の世界では、これは商売の世界でも一緒なんですけど、仲間内でいい人と
呼ばれるようじゃダメなんです。お客さんに「いい」と思われなくちゃね。
人望があれば協会の役職には就けるかも知れないけど、お客を唸らせてなんぼの世界では、「協会の理事です」「この世界の長老です」なんてのはなんの役にも立ちません、それどころか、かえって客を、引かせる、ことになりかねません。
落語が好きならアマチュアでやりましょう。ゆめゆめプロなんてめざさないことです。
「そういや、最近メザシ食ってないなぁ」なんて返せた人は別としてね。


14.正確な描写
投稿者/小丸...........投稿日/2005/11/12 13:13
 落語のしぐさって、ある意味パントマイムと同じです。
マイムって「ものまね」って意味なんだそうです。
櫓を漕ぐシーン、水面に小舟を浮かべて、ゆらゆらと本当に舟遊びをしている気分になりますよね。ただ残念なのは、櫓で進む舟が、現代ではほとんど見かけなくなったことです。
これから落語をやろうとする若い人にとって、噺にでてくる場面を丹念に描くことは大変な作業だと思います。
キセルの先にきざみたばこを詰めて、火鉢の炭で火を点ける、そんなしぐさひとつをとっても、経験がなければ容易にできるものではありません。
しかも、落語のしぐさはある程度リアルでないと見ている方がしらけます。
槍を持つ左右の手の角度のずれ、雨戸を叩く場面での拳の動きと音とのずれ、
そんなところで、ふとしらけてしまいます。わずかな場面だからといって、それをおろそかにするわけにはいきません。
あるときは大胆に、あるときは繊細すぎるほど繊細に表現してはじめて、感動や笑いを与えることができると思います。
 「天秤棒を担ぐ」なんてこともおそらく一生ないでしょう。
時代の変遷で失われたものが落語の世界ではちゃっかり生きている、それを表現しようとすれば人一倍研究する以外にありません。
古典落語の脚本は本当によく出来ていると感心します。それを無駄にしないためにも、落語家をめざすみなさんには真正面から取り組んで、がんばっていただきたいと思っています。


13.飽きられる
投稿者/小丸...........投稿日/2005/10/29 12:06
  人の血液の量はどのくらいかご存じですか?体重の7,8%らしいので、私の場合だと5リットルちょっとは流れている計算になります。
医者じゃないので詳しくは知りませんが、人間は脳で大量の血液、つまり栄養を消費してます。
省エネが叫ばれている時代ですから、だったら余計なことを考えなけりゃいいのに、と思うのですが、なぜかそう上手くはいかないようで、毎日いろんな刺激がなくちゃ「退屈で、退屈で、あ〜あ、ならねー」
見たり聴いたりするのもそう、私がこうやって書き込みしているのも、たぶん同じ理由です。(仕事で数字と向き合っているとなぜかあくびが・・・・)
おもしろいネタでも二度目となると途端につまらなくなります、三度目ともなると腹が立ってきます。
「あー、おもしろかった、けど、もういいよ」って。
漫才ブームのようですが、お笑いのネタがそうでしょ?違いますか?
これが音楽や料理だとちょっと話は別ですが、一発芸などの浅い笑いを信条とする芸人さんは「飽きられる恐怖」と日々闘っていらっしゃるのではないでしょうか。ひとつのネタがウケればウケる程、アリ地獄に落ちていく気分だと思います。
 一方落語はどうでしょう?古典芸能だ、ってスタンスをとられる方もいらっしゃれば、コンテンポラリーというか、その時々に臨機応変に対応しようとなさってある方もいらっしゃるようです。
歌舞伎の世界でもスーパー歌舞伎があったり、平成中村座のニューヨーク公演などがありますでしょ、落語でも一部にそのような動きはあるようですけど、さて、飽きられることなく、次の世代につなぐことができますやら。
怯えていらっしゃるのではないでしょうか。


12.博多にわか
投稿者/小丸...........投稿日/2005/10/26 18:08
 「学級参観とかけてなんと解くな」
「参観日とかけて、うちのかあちゃんのブラジャーと解く」
「そのこころは?」
「時々チチも見えとぉ」
確かこんな具合だったと思います。中学1年だったでしょうか、「博多にわか」愛好会の学生さんが掛け合いでやってたんです。笑っちゃいました。

 上方や江戸で落語は発展しましたが、地方には地方なりの「落語もどき」が
あって、いまでも細々と受け継がれています。
大人の「博多にわか愛好会」の人たちがやる「にわか」は、正直、ちっともおもしろくありません。「なるほど」とは思うけど、「だから?」という感じです。
参観日がおかしかったのは、喋っている中学生のキャラクターによるところが大きかったように思います。これが実に愛嬌のあるキャラでね。
 落語といえば、演目を目当てに聴きには行かないでしょ?この演目を聴きたい!というより、あの噺家さんの落語が聴きたい!ですよね?
そもそも噺に題目なんて、ついていなかったんじゃなかったでしょうか(確信はないけど),客席の雰囲気でしゃべる噺を変えたり、まえの噺家とダブらないように調整はしたでしょうけど、けっこういい加減だったんですよ。
だからこそライブが魅力的、と言えるのかも知れません。
「替わり目」なんて、先にオチを教えてどうすんのさ!・・でしょでしょ?
きっかけは「寿限無」で結構、「じゅげむじゅげむごこうのすりきれかいじゃりすいぎょの・・・・」と覚えるのって楽しいですからね。
でも、ゆめゆめ噺家になろうなんて考えない方がいいと思いますよ。
生活も大変そうだけど、それより、壁を乗り越えるために思いっきり悩まないといけないから。(これも確信ないけどね) 
 
26.RE:博多にわか
投稿者/あきかぜ亭 勝正...........投稿日/2005/11/18 20:37
 これは賛成!「替り目」以外に「引越しの夢」これはオチが読めてしまいました。「普段の頭」「半分垢」もそうですね。


11.知識よりも
投稿者/小丸...........投稿日/2005/10/24 17:54
  時代背景、難しい言葉ですね。わたしも50を少々過ぎたあたりですが、戦後の生まれです。「一円くれよー」なんて噺にでてきてもピンときません。
噺家さんのほとんどがそうだと思いますよ。
なにせ「銭」の単位なんて、亡くなった親父の古いトランクに入っていたのを思い出すくらいで、今では計算上のしろものでしかない、わけですから。
 落語が庶民(この場合貧乏人でいいでしょう)の間で広まったのは、間違いありません。小金持ちは芝居の方に足を運んだことでしょう。
それは落語の噺に芝居ものが多くでてくることからも推測できます。
どのような時代に落語が登場して、どのような変遷を経て今日まで続いているのか、それを勉強するのは意味のあることだと思います。ですが、能や歌舞伎と異なり、落語が落語である所以は、その時代時代の庶民に、笑いを提供することにある、と私は思います。「伝統芸能だ!」なんてお高く留まっているようでは、それこそ噺になりません。
まえにも書きましたが、このサイトは「そのへんにごろごろしている題材を見方を変えることで、にゃーと笑い飛ばしてしまおう」というサイトですよね、たぶん。
笑いを通じて、みんなを楽しくさせることができたら、とても素敵じゃないですか。いまの落語界に、そのへんのことが欠けている気が少しだけします。
「通を唸らせる噺家が上」なんて私から言わせると真逆で、落語を知らない人を笑わせることができる噺家こそ、真の噺家だと思います。

 
21.RE:知識よりも
投稿者/管理人管ちゃん...........投稿日/2005/10/24 19:12
 おっしゃる通りのサイトのつもりでおります。
小丸さんがそれを小丸さんなりの形で具現なされていらっしゃることは、当の管理人には出来ないことなので、本当に的を得ていらっしゃって嬉しく有り難く思って日々感謝です。これからもどうぞ宜しくお願いいたします。

22.RE:知識よりも
投稿者/小丸...........投稿日/2005/10/25 17:53
 そ、そんな専門店のホットコーヒーのようなお言葉、恐縮です。これでもびくびくしながら書き込んでいるんですよ。


10.しゃべってみませんか
投稿者/小丸...........投稿日/2005/10/18 11:36
 「人間という者は不思議なもんでございまして、やっちゃいけない、見ちゃいけない、なんて言われますと、やってみたくなったり、見てみたくなったり、喋っちゃいけないよ!って言われると余計に喋りたくなるのが人情というやつでございまして・・・・」
「おい、なに笑ってんだい」

とまあ、こんな具合に落語をしゃべり出すわけですが、どうです?座布団に座ってあなたも実際に声を出してみませんか?
右向いて左向いて、話してみましょうよ、楽しいですよ。

「ちょっとこっち来な」 左前方ややアゴを上げて、左手で手招きをします。
「どうした?」右前方を見て答えます。
「いいからちょっと耳貸しな」 左手で耳たぶを摘んだようなしぐさをして引き寄せます。
次に、右手を口に当て、左をむいて、こちょこちょ。
「ふんふん、なるほどなるほど」 右手の甲を前にして右耳に当て、なにやら意味ありげにうなずきます。
これで内緒話が完成です。
たったこれだけでも、何度もやっていると、喉がガラッガラになります。
2、30分もしゃべりっ放しで平気な顔をしている噺家さんは凄いや、と、改めて感心すること請け合いです。
「声を出す」私たちは特別意識もせずにやっていることですが、「落語は話芸である」と文字通り肌で認識するのも、落語の楽しみかも知れません。


09.着物を着るということ
投稿者/小丸...........投稿日/2005/10/13 10:57
  言ってみれば着物は落語やるときの舞台衣装です。
お坊さんが背広姿で読経されても、なんか有り難く感じないですよね。
それと同じで、ネクタイ姿で高座に上がられても、違和感ありすぎ!って。
 でも、よくよく考えてみると、これっておかしくありませんか?
落語の登場人物は武士もいれば町人、子供、おかみさんもいます。
現代落語になればサラリーマンも女子高生も登場します。
着物姿で女子高生ってのも、かなり違和感ありますでしょ。
 つまり噺家さんの着物は「無」を表しています。
あるけどないもの、見えるけどみえないもの、水は空を映せば青に染まり、紅葉を映せば紅色に染まる、それと同じです。
観客の頭の中にある映像を映す、鏡のような役割を果たします。
(ちょっとカッコ良過ぎですかね)
とりあえず、着物に代わる舞台衣装は未だないようですね。
ですから、できるだけ存在感を感じさせない品で、髪方もそうですが、とくに女性の場合は化粧もこざっぱりとして、高座に上がってもらいたいと思っています。


08.カメラワーク
投稿者/小丸...........投稿日/2005/10/03 12:23
  落語は高座に目に見えない舞台を創り上げます。
ですから噺家の背景は、観る側の裁量に任せられるよう、シンプルなんです。
私の学生の頃は無地の襖を並べていました。
現代ではホール落語も盛んのようです。
大きな金の屏風なんかも使われていますでしょ。そんなに華やかにしなくてもいいのに、って思ったりもしますが、理由は同じでしょう。
 
 落語はテレビでも中継されています。でも、わたしはあまり見ません。
しらけるんです。噺家さんが下手くそだから、じゃもちろんありません。
テレビカメラの撮影方法、カメラワークが問題なのです。
やたら噺家さんの表情をアップにしたり、正面、右、左と頻繁に映す角度を変えたりしながら、噺家本人に焦点を合わせています。
私に言わせると、実はこれが余計なお世話なんです。
せっかく頭のなかでイメージできていた情景が、カメラが切り替わることで、いっぺんにどこかへふっ飛んでしまうんです。
「別に噺家の技術を盗むためにテレビ観ているんじゃねえぞ!」
そんな感じですかね。
会場の観客の一人として、じっくり噺を見聞きできる、そんな放映スタイルを
採っていただけないかと思っています。


07.声色は変えない
投稿者/小丸...........投稿日/2005/09/29 17:31
  八に熊、ご隠居によたろう、悪ガキもいれば花魁もいる、いろんな人物が落語には登場しますでしょ。そんな大勢いる登場人物を、いちいち声色を変えて表現しようなんて、どだい無理な話です。
それでも観たり聴いたりしている方はちゃんとわかるでしょ。
八が言いました「こんちは、ご隠居います?」
隠居が答えます「これはこれは八っつあんじゃないか」
なんて解説しなくてもね。
声色ではなくて声の調子、間のとりかた、ちょっとした身のこなし、そういったもので表現します。
下手にウケ狙いでオーバーにやってしまうとせっかくの噺が台無しです。
具体的にどうするの?ですか?少々答えに窮しますが、要は登場人物一人一人を自分なりに想像し、創り上げることから始めます。

「ここに一人の武士がいます」と言ったとき、あなたはどんな人物を頭に描きましたか?竹中直人が演じると似合いそうな、無精ひげを生やした浪人風情の武士ですか?それとも奉行所に通う榎木孝明のような涼やかな感じですか?
「たがや」で首を切られる武士はどんな武士なんでしょうねぇ、想像できますか?
 自由に想像し、こんな組み合わせがあったらおもしろいだろなぁ、そんなことなんですよ。演じる人によっておなじ台本が全然違うものになる、だから知ってる噺であってもおもしろいのです。 
 
31.RE:声色は変えない
投稿者/あきかぜ亭 勝正...........投稿日/2005/12/30 21:55
 なるほど…これは賛成です


06.アマチュアなればこそ
投稿者/小丸...........投稿日/2005/09/27 18:49
  一応プロの噺家さんでしたら、師匠や兄弟子の演じるのをじっと観察することで、噺を覚えることも多いと思います。
落語の噺の筋書き、つまり台本を覚えることなんて意外と簡単なんですよ。
ストーリー仕立てで覚えますから、バカでも頭の中に入っちゃう。
私の場合、台本(落語の本)を読んで、勝手気ままに演じ、しゃべりました。
レコードやテープももちろんありましたよ。ですが、先ずは自分で場面を想像し、自分なりに消化し、落語もどきに仕上げて、その後でテープなりを聴きました。予想外のところで客の笑いが起こったりして、「どっ、どうしたの?」なんて、慌てながらね。
最初に聴いてしまうと、どうしてもインパクトが強いですから、そのイメージから脱することが出来なくなります。先輩がやった噺をする場合も同じです。
まあ、それはそれでも構わないとは思います。落語家らしく演じる、いわゆる上手に演じることに、やり甲斐を求めても誰も文句は言わないでしょうから。
ただ、せっかくアマチュアがやるんだから、もっと自由に、いろんなものに縛られずに演じるのもアマチュアならでの特権ではないでしょうか。
 台本には文字は並んでいるけど、間合い、表情、声の調子、情景は書いてありません。ですからそれを想像して創り上げる、その苦しさはたいへんです。反面、できあがったときの達成感は最高です。ウケたときの喜びはひとしおです。うまく真似てしゃべり終えたとしても、それはプロの落語を、画質の悪い立体映像で見せているに過ぎないでしょ。そんなのアマチュアの特権放棄じゃないですか。
そんな生意気な考えを持ちながら学生落語をやっていました。


05.ウケるってなに?
投稿者/小丸...........投稿日/2005/09/24 11:28
 「ウケる」というのは、笑いが起こるというのと同意語ではないと思います。
よく噺家さんが古典落語を演じられている最中で、故意に噺をそらすよなセンテンスをお使いになることがありますよね。
その瞬間笑いが起きますが、それがウケてるといえるのかどうかは疑問です。
ドラマのクリアマックスで、プロ野球の速報がテロップで流れるような、有り難くもあり、甚だ迷惑でもあり、そんな感じなのです。
 落語は観ている、あるいは聴いている側の勝手な想像の上に成り立つ芸だと思います。長屋連中が花見をしている情景を、たった一人しかいない高座に創り出します。個々のお客がイメージする、十人十色の花見の情景をです。
それはしゃべっている噺家のイメージ通りとは、もちろん限りません。
べつにそれで構わないではありませんか。
そのせっかくお客が創り上げたの舞台を台無しにするような、余計なお節介は必要ないと、私は考えています。
「お客が無理なく自分のイメージを膨らませることが出来る状態」
これをウケというのではないかと個人的には考えています。
ですから、余計なお節介はしない、だらだらと説明しない、なるべく相手のイメージを縛らない、そのような考え方が必要ではないかと思うのです。


04.ウケるために労を惜しまず
投稿者/小丸...........投稿日/2005/09/19 12:32
  学校の休みを利用して、いろんな施設などで落語をやらせてもらいました。
耳の遠いお年寄り、座っているだけがやっと、そんな方を大勢前にして落語をやるわけですが、満足できる噺ができれば、かなりの自信になりました。
その反面、いくらお年寄り相手とはいえ、反応が鈍ければ大きなショックを受けました。
「もう半分」という落語ごぞんじですか。
飲み屋に大金を忘れ、すぐに取りにもどったはいいが、「知らない」とウソを
つかれ、主人公が失意のうちに亡くなる場面、そして葬儀「野辺の送り」をする段で、「はぁーかわいそーに、まあ」なんて、会場からつぶやく声が聞こえました。高座でしゃべっていても、お客さんが食いついてきてくれているかどうかは、よくわかるものなんです。
片方の耳を押し出すように聴き入ってくれてる姿は、本当にありがたく、どんどんのってきて、いい方にしゃべりが向かうものです。
音響設備もあったりなかったり、ですから、なにをしゃべっているのかわからないでは、話になりません。よく通る声は必要最低限の条件でしょう。
 アマチュアだからウケなくてもいい、なんてのは、聴いてもらっている側に甚だ失礼な考え方です。わたしのいた落研は「ウケる」ということに関してはどん欲であったように思います。それは落語に限らず、たとえ酒の席の芸であっても、あるいは仲間の結婚披露宴での出し物であってもです。なにしろそのためだけの合宿をするくらいでしたから。
アドリブらしく見せるために合宿までして練習する、考えようによっては、なんともバカバカしくみえるその姿勢に共感を覚え、いつしか自分もどっぷりとはまったいたのでした。


03.これが練習?つづき
投稿者/小丸...........投稿日/2005/09/13 11:09
 ごめんなさい、尻切れトンボになっちゃいましたね。
 
そうなんです、落語研究会でありながら、性格は極めて体育会系に近くて、
仲の良いのが応援団というのですから変わってますでしょ。
なんてことはない、わたしの入部した年だけ、女性が多かったというだけの話なんです。
 さて、話を戻しましょう。落語を指導しないクラブで、どうやってみんな噺を演じれるようになるんだ、そう疑問に思うでしょ?
それは、大学では大声を出す練習をし、ソフトで体力を養い、下宿やアパートに帰ってきて、真夜中に壁に向かってブツブツ一人で落語を演じるのです。わたしの場合もそうでしたけど、1時間も2時間も黙々と壁に向かってしゃべります。考えてみるとかなり異様な風景ですよね。
自分で納得がいくようになった段階で、初めてほかの部員の前で披露します。一つの噺で15分や20分あるのもあるでしょ、ですから中途半端な段階では絶対に人前では話しません。だいいち、ただでさえ下手くそなのに、途中でつっかえるような落語は、聞いてる方もたまったもんじゃありませんから。
いくら身内の前といっても、高座でひとたび話だすとそれはまさしく真剣勝負そのものです。これは正直びびりますよ。
では、どうやって噺をおぼえるのか、ですが、それは次回ということで


02.これが練習?
投稿者/小丸...........投稿日/2005/09/13 10:29
  空き教室の前と後ろに一列に並び、「あーーーー」って息の続く限り声を出すことに始まり、「あ・え・い・う・え・お・あ・お」と、お腹をいちいち引っ込めながら、それを、わ の段まで。そうです、複式呼吸での発声練習を延々とやるだけなんです。
えっ?落語教えてくれないの?これじゃ演劇部なんかと一緒じゃん。
それに、入部希望者は女性ばかり、なんだよ全員女かよ!って思っていたら、ひとりだけ髪が肩まである男が混じってた。
正直一番チャーミングだったけどね。
こいつはその後(いまでも)親友となるんだけど、当時の自分としちゃ、
「オイオイ、落語のイメージと違いすぎるだろ、ここはよ!」と思いましたね。
発声練習が一通り終えわると、机に座って落語を演じるのもいれば、それを眺めている奴もいるけど、先輩が指導するというわけでもなく、運動場に出て、他の部活の連中とソフトボールなんかやるんです。
だから、落研なのにたり、クラブ対抗ソフトボール大会なんかでも、いつもい
ころまで駒を進めるし、こちらの練習の方が熱心だった気がしt


01.落研に入部したのはいいけれど
投稿者/小丸...........投稿日/2005/09/12 11:55
  福岡ヤフードームなどがある博多のまちの西部に、クリスチャン系の大学があります。
そこの落語研究会、現在は休部になっていますが、で人気ナンバーワンだったのが、この私です。といっても30年も昔のはなしですから、誰も文句は言いますまい。
落語をやるようになったきっかけは、落語が好きだったから、ではありません。
じつは、入学してすぐ、ボクシング部に入ろうとしたんです。親兄弟の猛反対もあり、断念したんですがね。理由ですか?せっかくの男前が台無しになるじゃないか、というのはウソで、親なら普通は反対しますよね。やはり危険ですから。
じゃあということで、イメージ的に正反対の落研の門を叩いたわけですが、実際に部活動でやることといったら、当初イメージしたのとは異なり・・・・                        もったいつけてつづく

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